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何ヨーガではなく、何のためのヨガかが大切。

ヨガインストラクターの皆さん、愛好家の皆さんは


今自分がしているヨガが何ヨガか答えられますか。


「オーストラリアの〇先生のヨガです」


「アメリカの▲で資格を取りました」


「インドの◇グルから正式に習いました」


「日本の■ジムの社内研修で受けました」


「近所の公民館のヨガです」


なんなら近年はall onlineで学術的にも身体的にも学ぶことが可能です。


いろんなツールや学びの場が広がっていますね。


では、それって何を目的とした何ヨガなんですか。


骨盤調整?肩こり解消?自律神経を整える?


確かに、調子良くなります。


ではもう一歩掘り下げて、ヨガって何ですか。


骨盤を調整するもの?肩こりを解消すること?自律神経が整う作業?


写真は、とある曹洞宗の山寺に佇む天狗像です。


天狗は実在したのかは不明で今の所伝説上の生き物。妖怪とも神様とも捉え方はそれぞれです。


空想の生き物を像にして祀って祈って神のように仕立て上げて


ストーリーを作っていくのが人間の人間たる所以。


だけど私も天狗に会えば、天狗様と心を寄せます。


何のためにそんなことをするのでしょう。


人は、何か得体の知れないものに恐怖や畏怖の心を持ちます。


目に見えるものが、この世界の全てではないことを感じる生き物だからです。


そしてその感情や現実世界での不思議や苦しみからの解決法を探るために物語を作ります。


その物語が大衆に受け入れられる構成であれば、そこに登場するものが神格化されていきます。


ヨガの紀元前から伝わる歴史も同じ。


めちゃくちゃざっくりいうと(歴史学者の皆さまお許しを)


聖者や神からのお告げを物語として残し


土着思想、西洋思想、東洋思想が長い年月をかけてごちゃ混ぜになったものが


今に残るヨガです。


いや、これは何千年前から伝わる伝統だ、という方もいらっしゃるでしょう。


それは誰が伝えていますか。


人間から人間へ残されていますよね。


もちろん、途中で伝統が変わらないように、叡智と工夫が凝らされて残されているものもたくさんあります。


それは何千年も前から人間が持ち続けていた思想や自然や生命への畏敬の念が今も変わらずあるから。


人間の普遍的な部分が変わっていないから残っているのです。


現代のヨガといえば、主に体を動かしたり呼吸法をしたりして


健康を維持したり練習を楽しんだり、落ち込みから戻ったりストレスを軽減する行為を指します。


フィットネスジムではアーサナをやり、ヨガスタジオなら瞑想のクラスもあるでしょう。


これらは元祖のヨガから枝分かれしていったものの一部です。


だから今みなさんがそれぞれに練習されているヨガが、どこから来たものなのか正確に知ることは


どの流派であれ、確実に把握するのは困難な場合がほとんどだと思います。


でも元々のヨガのコンセプト、ヨガが大切にしていることを知っていれば


理解に落としこんでいくことが可能でしょう。


そのスピードは人それぞれです。


体を強くしなやかにしたり、心を落ち着かせたりするテクニックの先にあるものがヨガだなと


最近しみじみ思います。


例えば、みなさんが植物の種を手にして、土に植えて水をやると、芽が出てきます。


陽の当たる場所においたり、水の量を調整したりするのがテクニックの部分に当たります。


きっとその植物に合う環境であれば、元気に育ち、きれいな花を咲かせ、時には実をつけるでしょう。


それは種に命があるからです。


でも種の命を確認しようと種を割っても、何もありません。


命は目に見えない。でもそこにある。


なぜかみんな知っている。説明できないけれど知っている。普遍の事実。


目に見えないそれが、ヨガの本質そのものなのかなと私は思います。


だからどんな温度でどのくらいの水を何回あげて、ということはテクニックであって、


本質ではない。のだけれど、テクニックを知ることでより豊かな命になることはできる。




そんなふうにヨガを理解されるといいのかな、と思います。


本にでも書けたらいいのですが。










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